茨木 のり子。 茨木のり子「六月」

茨木のり子:自分の感受性ぐらい

のり子 茨木

4.茨木さんは星の世界を見るのが大好きだった。 「倚りかからず」「自分の感受性くらい」「わたしが一番きれいだったとき」「りゅうりぇんれんの物語」など、たくさんの詩を残し、今なおその人気は衰えません。 鍛えてたというよりも、色んなことで自分を武装してきた自分がいるように思います。

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「自分の感受性くらい、自分で守れ。ばかものよ」今こそ読み返したい!茨木のり子の詩の世界|feely(フィーリー)

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どこまでも一途な想いに、思わず涙してしまうほど、印象深く心に残ることでしょう。 『対話-茨木のり子詩集』(童話屋、2001年)• 誰かを責めてしまいそうになったとき。

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【SDGs×読書】茨木のりこの詩から女性の生き方とフェミニズムを考える|キクエスト

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主な詩集に、『見えない配達夫』『鎮魂歌』『自分の感受性くらい』『倚(よ)りかからず』など。 茨木さんは「わたしが一番きれいだったとき」「自分の感受性くらい」「倚りかからず(よりかからず)」など、多くの素晴らしい詩を残しています。 その他にも素敵な詩がたくさんあって、私が心にぐっときたものを紹介します。

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茨木のり子さんのぐっとくる詩|ビバ!ミア・びぃた

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茨木のり子さんの詩で、一番好きなのは「花の名」です。 「村」から「街」、そして同じ時代を生きる「人と人との力」へと、 問いかけは連を追うごとに世界が広がっていきます。

茨木のり子「花の名」より抜粋

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) わたしが一番きれいだったとき わたしが一番きれいだったとき 街々はがらがらと崩れていって とんでもないところから 青空なんかが見えたりした わたしが一番きれいだったとき まわりの人達が沢山死んだ 工場で 海で 名もない島で わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった わたしが一番きれいだったとき 誰もやさしい贈り物を捧げてはくれなかった 男たちは挙手の礼しか知らなくて きれいな眼差だけを残し皆(みな)発っていった わたしが一番きれいだったとき わたしの頭はからっぽで わたしの心はかたくなで 手足ばかりが栗色に光った わたしが一番きれいだったとき わたしの国は戦争で負けた そんな馬鹿なことってあるものか ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた わたしが一番きれいだったとき ラジオからはジャズが溢れた 禁煙を破ったときのようにくらくらしながら わたしは異国の甘い音楽をむさぼった わたしが一番きれいだったとき わたしはとてもふしあわせ わたしはとてもとんちんかん わたしはめっぽうさびしかった だから決めた できれば長生きすることに 年とってから凄く美しい絵を描いた フランスのルオー爺さんのように ね 出典:. 119行というこの詩の長さに、亡き父への思いの強さを感じさせられます。

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わたしが一番きれいだったとき(茨木 のり子)

のり子 茨木

思春期を戦争の真っただ中で過ごし、戦後の混乱の中を生き抜いた著者の生きざまを、垣間見ることができるでしょう。 五月は、周囲の環境が変わったばかりで、 あるいは新カリキュラムになったばかりで、 予習にも手を抜かない時期でもある。

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